会社設立の経緯・代表の歩み
私は長野県東御市に生まれました。両親とも音楽が好きであったこと、幼少期よりエレクトーンを習っていたこと、など、音楽に囲まれた環境でした。私が小学校低学年の頃、当時中学生だった兄が所属する吹奏楽部の定期演奏会を聴きに行った際、田舎の小さな公民館ではありましたが、そのステージから伝わる迫力と、満席の客席の熱気に圧倒され、「自分も楽器を吹いてみたい」と強く感じました。
小学校4年生からクラブ活動でトロンボーンを始め、中学では吹奏楽部、高校では当時地元で最も活気のあった吹奏楽班に所属しました。兄が音楽大学へ進学したこともあり、次第に自分自身も音楽を志すようになり、音楽大学を目指す決意を固めました。
幸いにも志望大学に進学することができ、在学中はコンクールやオーディションなどで評価をいただきながら研鑽を積みました。
大学卒業後は都内のオーケストラに入団し、約30年にわたりオーケストラ奏者として活動してきました。一方で、20代の頃から口周りに違和感を覚えるようになり、その症状は年月とともに大きくなっていきました。いわゆるフォーカル・ジストニアと呼ばれる症状です。
2024年、これまで所属していたオーケストラを退団し、現在は演奏活動をセーブしながら、後進の指導に力を注いでいます。
演奏家としての道を見つめ直す中で、「自分にできることは何か」「長年培ってきた経験や人とのつながりを、もっと広く社会に生かせないか」と考えるようになりました。楽器のリハビリに加え指揮の勉強にも取り組む一方、これまで築いてきた演奏家ネットワークや現場経験を生かし、コンサートの企画・制作、演奏家の派遣といった新たな事業に取り組むことを決意しました。
株式会社MaisonArsについて
「MaisonArs(メーゾンアルス)」という社名は、亡き父に由来しています。父は美大を出て大手テレビ局のデザインの仕事などをしていましたが、家庭の事情で長野県に戻り、定年まで勤めあげました。退職後は、自身のアトリエを「美術工房 MaisonArs」と名付け、年に2回の個展や地元の企業、自治体等からの依頼を受けるなど、画家として活動していました。Maisonはフランス語で「家」、ArsはArtの語源であるラテン語を組み合わせた造語です。
父が応援してくれた私の音楽家としての歩みとともに、父が遺した多くの絵画作品も次の世代へつないでいきたい――。
株式会社MaisonArsでは、音楽事業に加え、父の絵画作品を中心に、ポスターやTシャツなどの商品化、原画の販売なども行っていく予定です。
音楽と美術、二つの「表現」を大切にしながら、人と人、作品と人をつなぐ場を創り続けていきたいと考えています。
